ブログマスターの「ライズ」です。”Slip Tips” 3回目の投稿です。
現在のテーマは,「円弧すべり解析の最小安全率って何?」です。
今回は,「斜面安定解析における安全率の意義」について考察します。

さて,斜面の調査や設計を経験されたことのある方なら当然お分かりのことと思いますが,斜面安定解析における「最小安全率」とは,「極限平衡法に基づく円弧すべり試行計算によって試算された,複数の円弧すべりの解析結果うち,安全率が最も低い値を示す円弧すべり,あるいはその安全率。」を言います。
(長文ご容赦ください。)

ここで,斜面の安定解析にあまり馴染みがないとおっしゃる方のために,斜面安定解析の安全率についておさらいしましょう。(本当は,ライズの復習です。)

 

 

1. 安定性を評価する指標

斜面の安定解析は,地盤断面の二次元スライス分割モデルにおいて,任意のすべり面に作用するせん断力(滑動力=滑ろうとする力)と,モール・クーロン破壊規準に基づく摩擦抵抗力との大小関係から,斜面の安定性を評価する解析手法です。斜面の抑止工設計においては,抑止工が負担する必要抑止力(所定の安全率を満たすために必要となる抑止力)を加味した安定解析によって,斜面の安定性が評価されます。

 

2. 安定解析式(安全率定義式)

斜面の安定解析には様々な計算手法が提案されていますが,道路事業においては,「道路土工-切土工・斜面安定工指針;(社)日本道路協会,平成21年6月,pp.397-403」などに掲載されている「(スウェーデン式)簡便法」=「修正Fellenius法」と呼ばれる解析手法が,最も採用実績の多い解析手法です。砂防や治山の分野においても,斜面安定解析を行う場合は,一般に簡便法が採用されています。ただし,砂防や治山の分野で使用されている簡便法は,地下水に起因する影響効果の評価方法において,道路分野の「修正Fellenius法」とは若干の違いがあるため,また道路分野よりも先行して普及していた手法であるため,「修正」という枕詞が無い,「Fellenius法」と呼ばれています。当然,これらの「簡便法」の解析結果は,若干ですが,異なったものとなります。
“Slip Tips” では,「修正Fellenius法」を準用して,話を進めます。

修正Felleniusモデル修正Fellenius定義式

fig.2.1 簡便法(修正Fellenius法)の安全率定義式
「道路土工-切土工・斜面安定工指針;(社)日本道路協会,平成21年6月,pp.399」より抜粋

 

3. 安定性の評価

上式において,安全率 “Fs” は,右辺の分母(すべり土塊の重量に起因するすべり面上のせん断力=滑動力)と,右辺の分子(すべり面上の摩擦抵抗力)との比で定義されています。この安全率 “Fs” が “1.00” のとき,斜面は極限平衡状態(ぎりぎりで安定を保っている状態)にあるものとみなされ,同安全率の大小によって,以下のように斜面の安定性を評価することになります。

【Fs>1.00 : 安定状態】
滑動力(分母)よりもせん断抵抗力(分子)が大きい。
斜面の滑動が発生しない状態にある。

【Fs=1.00 : 極限平衡状態】
滑動力(分母)とせん断抵抗力(分子)が同じ値。
斜面の滑動が発生しない限界の状態にある。

【Fs<1.00 : 不安定状態】
せん断抵抗力(分子)よりも滑動力(分母)が大きい。
斜面の滑動が発生する状態にある。

 

4. 必要抑止力の算出

安全率には,もう一つ重要な定義式があります。「道路土工-切土工・斜面安定工指針;(社)日本道路協会,平成21年6月,pp.290-293,pp.421-427」などに示される,斜面抑止工の必要抑止力を算出するための定義式です。この安全率は「計画安全率」と呼ばれ,斜面抑止工の完工時の安全率として定義されています。

修正Fellenius抑止力

fig.2.2 抑止杭設計における簡便法(修正Fellenius法)の計画安全率定義式
「道路土工-切土工・斜面安定工指針;(社)日本道路協会,平成21年6月,pp.421」より抜粋

上式は,抑止杭の設計に使用される簡便法(修正Fellenius法)の計画安全率定義式です。③の安全率定義式と較べると,摩擦抵抗力(分子)に抑止杭の対策効果の項 “Pr” が付与されています。すなわち,③の【Fs>1.00 : 安定状態】の範疇において,任意の余裕を持って斜面の安定性を確保するには,安全率定義式の摩擦抵抗力(分子)にどのくらいの抑止効果を付与すればよいか,これを算出するために定義された計算式です。「計画安全率」は,斜面抑止工の対策効果を数値化するために必要な指標と言えます。

 

5. 次回の “Slip Tips” は,・・・

 “Slip Tips” 3回目の投稿は,ここまでです。
次回の”Slip Tips”では,「円弧すべり試行計算の概要」について考察します。
(ようやく「最小安全率」が出てきます。)

 平成26年7月20日 ライズ

[執筆後記]
斜面安定解析の概要を,勢いに任せて紹介させていただきましたが,「Bishop法」,「Spencer法」,「Janbu法」,「Morgenstern & Price法」,それらの三次元安定解析手法などなど,実用に供されている他の解析手法につきましては,紙面の制約からザックリと割愛させていただきました。これらの手法のご提案に尽力されている方々には,この場を借りてお詫び申し上げます。ご容赦ください。(本当は,ライズが説明できないだけです。すいません。)