“Slip Tips” ブログマスターの「ライズ」です。
投稿テーマ「円弧すべり解析の最小安全率って何?」の4回目の投稿です。

 

 

1. 前回の “Slip Tips” は,・・・

 前回の “Slip Tips” では,円弧すべり試行計算について,以下の2点を認識していただきました。

  • 円弧すべり試行計算は,斜面の2次元断面モデルにおいて,様々な形状の円弧すべりを対象とする安定解析を実施し,斜面の不安定化の可能性(あるいは危険性)を総当たりにチェックする解析方法である。
  • 円弧すべり試行計算の結果として,数多くの安定解析結果が得られるが,これらの解析結果群の内,最も重要な指標は,「最大抑止力」と「最小安全率」である。

今回の “Slip Tips” では,円弧すべり試行計算の重要な指標の一つである「最大抑止力」に注目し,その意義と利用方法について考察します。

 

2. 最大抑止力の定義

「最大抑止力」,「最大抑止力すべり」,あるいは「最大抑止力円弧」という用語は,「円弧すべり試行計算」と同様に,どの書籍・文献においても定義されていません。そこで,今回も “Slip Tips” 的な「最大抑止力」の定義を試みます。

規定した一定の地形条件(地表形状・地層形状など)と地質条件(各地層の単位体積重量・せん断強度など)の下で実施された安定解析の試行計算において,安全率定義式から導出される必要抑止力 Pr が最も大きい値となるすべり面。

・・・です。
“Slip Tips” では,以上のすべりを「最大抑止力すべり」あるいは「最大抑止力円弧」,同すべりの必要抑止力を「最大抑止力」と定義します。

 

3. 最大抑止力の利用方法

「最大抑止力」=「円弧すべり試行計算の結果群の内,最も大きな必要抑止力」は,グラウンドアンカー工,鉄筋挿入工,抑止杭工など,いわゆる抑止工に分類される構造物の設計において,構造物が受ける作用力として使用されます。この考え方は,最大抑止力すべりを抑止できれば,その他のすべりも抑止できる,という認識に基づくものです。「大は小を兼ねる」ですね。

 

4. 設計における留意点

円弧すべり試行計算で算出された最大抑止力を使用して抑止工の設計を行う場合,留意すべき点があります。それは,抑止工を含む斜面全体の内的安定性および外的安定性については,十分に確保されているか?という点です。土構造物や抗土圧構造物の設計に携わっている方であれば,設計対象の内的安定や外的安定を確保することが重要であることは,周知のことと思います。斜面の設計においても,同じような配慮が必要です。

ここで,抑止工の設計について復習します。
以下の式は,すべり面形状と必要抑止力から,グラウンドアンカー工法の必要アンカー力を算定する式です。同式おいて注目していていただきたいのは,右辺の分母にすべり面とアンカー軸とのなす角度 “αθ”  が存在する点です。これは,形状の異なる複数のすべり面を想定したとき,それらの必要抑止力が同じ値であったとしても,すべり面の形状および位置の違いによって,異なる必要アンカー力が算出されることを意味します。

必要アンカー力式

我々が今,考察を試みている円弧すべり試行計算では,形状が異なる数多くの円弧すべりの解析結果が得られます。そして,その中には,最大抑止力すべりではないけれど,解析結果が計画安全率を満たしていない円弧すべり,抑止対策を必要とする円弧すべりが多数存在するはずです。それらは,最大抑止力すべりとは異 な る形状ですから,最大抑止力に基づいて設計されたアンカーによって抑止できるのか,照査してみなければ解りません。

下図は,最大抑止力すべり(青色の円弧),最大抑止力に基づいて設計されたアンカー,および最大抑止力すべり以外で抑止対策を必要とするすべり(赤色の円弧)の位置関係について,設計上注意すべきケースを模式的に表したものです。

fig4-1_内的安定・外的安定fig.4-1 最大抑止力すべりに基づいて設計されたアンカー工と他のすべりとの関係

  • [Case-0]は,最大抑止力すべり(青色)と,最大抑制力に基づいて設計されたアンカーの配置を表したものです。
  • [Case- 1]は,最大抑止力すべりよりも地表側に位置する円弧すべりです。[Case-0]の最大抑止力すべりに較べて,すべり土塊の土量が減っている分,必要抑止力は小さい値となりま す。しかし,すべり面の角度が急勾配となるため,必要アンカー力算定式の右辺分母第一項 “cos(α+θ)” が小さくなり,[Case-0]よりも大きなアンカー力が必要となる可能性があります。
  • [Case- 2]も,[Case- 1]と同様に,最大抑止力すべりよりも地表側に位置するすべりです。[Case-1]との相違点は,すべり面の下端が最下段のアンカーよりも上に位置している点です。このようなケースでは,最下段アンカーの抑止効果は見込めません。アンカーの抑止効果が 3/4に低下することになります。この状態で,[Case-2]のすべりを抑止できるのか,照査が必要になります。
  • [Case- 3]のすべりは,アンカー4段の内,上側2段のアンカー体(定着長)を分断する位置にすべり面が発生する場合です。上側2段のアンカーについては,所定のアンカー体(定着長)を確保でませんので,抑止効果を見込めません。このようなケースでは,すべり土塊の土量は増えますが,すべり面の角度が緩勾配となるため,殆どの場合において,必要抑止力は最大抑止力に及びません。しかし,アンカーの抑止効果が 2/4=1/2 に低下しますので,照査が必要になります。

円弧すべり試行計算の対象となる斜面は,未崩壊の斜面,崩壊の兆候が認められない斜面,すべり面の発生位置と形状を予測することが難しい斜面です。このような斜面の抑止対策を検討する場合は,試行計算から得られた最大抑止力に基づいて対策工を設計し,その後,対策済みの斜面モデルを対象として再度試行計算を行い,どのような円弧すべりについても計画安全率が満たされていることを照査することが重要です。

とは言いつつも,実際の設計の現場では,斜面の下端をすべり面のマストカットポイント(must cut point)に指定したり,基盤層をネバーカットレイヤー(never cut layer)とするなど,もう少しシビア-な境界条件を設定しますので,最大抑止力に基づいて対策工を設計していれば,上記のような照査を行ったとしても概ね大丈夫 ・・・ですよね?

※)上記の照査計算は,数十万円クラスの名の通った安定解析ソフトであれば,付属しているはずの機能です。設計成果の妥当性を示す資料として,照査されることを強くお勧めします。

 

5. 次回の “Slip Tips” は,・・・

今回の “Slip Tips” は,円弧すべり試行計算の重要な指標の一つである「最大抑止力」について解説しました。次回は,もう一つの重要な指標,「最小安全率」に注目し,その意義と利用方法を考察します。

平成26年10月11日 ライズ